ねむの木のこどもたちとまり子さんのアート
 六本木の森アーツセンターギャラリーで今日から開催されている「ねむの木のこどもたちとまり子の美術展」をみて、人はどうして絵を描くのか、を考えさせられました。この美術展は宮城まり子さんが創設したねむの木学園が、今年創設40年を迎えることを記念し、開催されるもの。学園の生徒54人による約230点の作品が展示されています。
 会場の冒頭にあった宮城さんの言葉を引用させていただきます。

耳にしたり、目についたりするのはこどものいじめとか、自殺です。
遺言なんか、かいたって駄目よ。いじめるのは、淋しいからなの。自殺って、強がってるの。駄目よ。ねむの木学園のこどもたちって、病気にいじめられて、手や足が、不自由になったりしたのを、のりこえたから、やさしいの。そんな大切な命だから、絵をかくの。
それは、強いから。だから、いちばん高いビルの上から、やさしさをふりまくの。あなたにね。
みんななかよく、うれしさをふりまくの。それが、私の願いであり、生きていることが、「うれしいの」。
うれしさを52階から振りまきます。どうぞ、待ってます。あたし、待ってます。みんなで、コーラスも、しますね。


 学園では絵の描き方は一切教えていないそうです。でも、どの作品も魅力的です。いつも美術展にいって、たとえば「キュビズムの影響を受けた作品だな」とか、「光の表現がうまい」なんて、自己満足風に鑑賞している自分が、恥ずかしくなりました。
 また、会場構成を宮城さんがされています。制作者についての紹介文を宮城さんがきちっと書き、作品も十分に考慮された展示がされてると感じました。

 若冲やダ・ヴィンチも素晴らしいですが、ねむの木のこどもたちの作品も、すてきです。美術ファンなら、ぜひ足を運んでください。
 
ねむの木
| アートを楽しむ | 23:04 | comments(26) | trackbacks(1) |
「日曜美術館30年展」で知った丸木スマ
いま、岩手県立美術館で「日曜美術館30年展」が開催されています。この展覧会、昨年東京藝術大学大学美術館で開かれ、かなりの人気だったもの。その時、見損ねたので、なんとか時間をつくって岩手までいってきました。
 この展覧会は、NHKの番組「日曜美術館」(現在は「新日曜美術館」)の30周年を記念して、これまで取り上げた作家たちの全国のミュージアムから集めた作品を展示しています。展示全体をみると、それぞれの作品を結ぶ文脈はもうひとつ明確ではなく、名作を単純に楽しむことに徹したほうがいい感じです。

日曜美術館 

 その中で、この展覧会の章立ての最後「知られざる作家へのまなざし」は、特に見ものです。「日曜美術館で再認識されたされた作家たちの紹介」とあり、この番組で取り上げることで知られるようになった画家を展示しています。奄美大島に移り住み、日本人らしからぬ濃密な絵画世界をつくった田中一村。昭和初期の東京・下町を細密な版画で描きながら、24歳で失踪した伝説の藤牧義夫。この二人の作品は、もっと他の作品をみてみたいと思いました。
 そして、驚きだったのは丸木スマ。初めてこの人の絵をみました。山々を背景に飛ぶ鳥を、鮮やかな色彩で描いた作品は、一見子どもが描いたと絵かな、と思わせるますが、実は緻密に描き込まれていてすさまじい迫力です。しばらくは、絵の前から離れなくなりました。
 丸木スマは、「原爆の図」でしられる画家丸木位里(まるやまいり)の母です。(丸山位里も、恥ずかしながら初めて知りました。)スマは、息子位里の妻で、やはり画家の俊のすすめで、74歳で初めて絵を描きます。そして、81歳で亡くなるまで、素晴らしい作品を多く描きました。誰からも教えを受けず、自己流で描いたといいます。
 画壇にも認められ、1951年には日本美術院展に入選し、53年には院友に推挙されました。そんな実績はともかく、本人は天衣無縫です。会場にあったエピソード。丸木俊の言葉。
マティスの展覧会がきたので、おばあちゃん一緒に行きましょうといって行ったら、「この絵は、わしの絵によう似とるね」と大きな声で・・・。だから、偉い人なのよ、といったら「そうかのう」って、全然頓着ないのよね。
 なんとも、すごいおばあちゃんです。

 この岩手展は、東京展とは、展示されている作品がかなり替わっています。東京でも見ておけばよかったと、少し後悔しました。丸木スマの作品に出会えただけで、大満足ですが、他にも名作、傑作が揃っています。楽しい日曜美術館の世界です。
| 企画展 | 23:00 | comments(1) | trackbacks(0) |
素晴らしい「上杉本 洛中洛外図屏風」
 山形は、米沢市にある上杉博物館。いま、「洛中洛外図屏風」の原本が展示されています。今日、見てきました。この「洛中洛外図屏風」は「上杉本」と呼ばれ、数ある洛中洛外図の中でも傑作とされ、唯一の国宝です。現在の学説では、描いたのは狩野永徳。1574年に描かれ、織田信長が上杉謙信に贈ったものとされています。

 国宝であるが故に、年一回の展示。昨年秋に、模写本をみました。模写本ながら、そこに展開する京都の絵巻さながらの描写に魅せられました。その時から、原本を見たいと心待ちにしていました。
 すごいです。展示室の一画に置かれた「上杉本 洛中洛外図屏風」は、華麗な存在感です。驚いたのは、作品の状態の良さ。400年以上前に描かれたとは思えないほど絵具も剥落しておらず、20世紀に描かれたといってもいいほど、色彩が鮮やかなままです。(修復されたのでしょうか)
 雲そして地面を描いた画面全体を支配する華麗な金、写生されたような洛中洛外の風景、そして細かい表情まで書き込まれた人物。楽しく見飽きることがありません。
 これだけの国宝展示なので、会場は混雑しているかと思っていましたが、数人が屏風をみているだけ。おかげで、ゆうに30分ほど洛中洛外の光景を堪能しました。

 京都を舞台に、登場人物2485人(「図説 上杉本 洛中洛外図屏風を見る」より)が生き生きと描かれた六曲一双の屏風は、まさに壮大なる絵物語です。ダ・ヴィンチもいいですが、江戸時代を代表する天才絵師・狩野永徳、渾身の傑作も素晴らしいです。
 
☆洛中洛外図屏風・以前の記事
米沢市立上杉博物館で「洛中洛外図」をみる
洛中洛外図の謎
| 日本美術 | 21:48 | comments(0) | trackbacks(0) |
美を結ぶ。美をひらく。−サントリー美術館
 六本木アートトライアングル、一つの頂点、サントリー美術館を訪れました。このミュージアムは、ご存じのように、六本木・東京ミッドタウンに新たに開館しました。東京ミッドタウンには初めて行ったのですが、いくつものビルが集合したエリアなんですね。この中の一つのビル、東京ガーデンサイトの3,4階にあります。
 ミュージアムとしては、以前、赤坂にあったときの2倍の展示スペースといいますが、それほど広くはありません。かえってそれがほどよく快適です。隈研吾さんにより、「伝統と現代の融合」をテーマに設計された館内は、心地いい空間となっています。鑑賞するには、まず3階でチケットを買って、4階の展示をみて、その後階段で3階に降りる構造になっているのですが、この階段を降りていくところが、なんとも安らぐ空間です。木の使い方が重くなく、かといって軽さも感じさせず、うまいなと思わせてくれる設計です。ここ数年、開館したミュージアムの中では、快適さではナンバーワンでしょう。

 いまは開館記念展「日本を祝う」が開催されています。所蔵品を「祥」「花」「祭」「宴」「調」の5つのテーマで構成して、展示しています。サントリー美術館いいもの持ってますね。国宝の「浮線綾螺鈿蒔絵手箱」など、屏風絵、陶芸、漆器、ガラス器など日本美術のすばらしい名品が展示されています。一品一品にテーマに沿った細かな解説がつけられ、親切な展示です。また、会期は6月3日まですが、2回の展示替えがあるので、再訪する価値がある展示です。

日本を祝う

 サントリー美術館の開館以来のテーマは、「生活の中の美」。そして今回の開館にあたり「美を結ぶ。美をひらく。」を新たな指針として加えています。この美術館には、新たな視点で、日本美術を広めてほしいと思います。

| 関東のミュージアム | 17:06 | comments(6) | trackbacks(2) |
志野の白と、織部の緑
 志野焼と織部焼は、これまであまりなじみがありませんでした。色彩、文様をみると焼き物として、たとえば伊万里、古九谷のような派手さはなく、地味な存在だったのが正直な感想です。出光美術館で開催中の『志野と織部 風流なるうつわ』は志野、織部の魅力を教えてくれる充実した企画展です。
 桃山支時代に美濃で焼かれた志野と織部。時代的にみると連続していますが、その作風はまったく違います。
 志野焼は、美濃の白い土に、白釉である長石釉をかけて作られた白い焼き物。日本の焼き物で白に、下絵付けの技法は初めての技術だといいます。今の時代にみると、白地に茶色で絵付けがされたもの、と思ってしまいますが、当時としては画期的なものだったのですね。

志野と織部

 展示されている志野焼の中で、まず目を奪われるのは「志野茶碗 銘卯花墻」。和物の焼き物で数少ない国宝は、優しい佇まいを感じる茶碗です。ろくろで成形した後、わざと形を歪めたという志野焼茶碗の特徴的な形ですが、会場に展示してある他の志野茶碗より歪みかたが大きい。みる角度によって様々な表情をみせてくれ、優雅な茶碗です。また、鉄釉で描かれた線は、茶褐色の色合いが鮮やかです。
「紅志野茶碗 銘夕日」は鮮やかなオレンジの下地に絵付けがされた焼き物。白い志野、のイメージを覆す茶碗です。

 織部は、器の種類(用途)、色、文様が様々で、バラエティーに富んでいます。中でも、緑釉をつかった色彩が魅力的です。中でも「三彩花卉文輪花鉢」は、その鮮やかな緑に素敵です。描かれた文様は、あたかもキャンバスに描かれたようなモダンさを感じます。
 また、黒色が力強い黒織部もいいです。「織部黒茶碗」は文様がなく、やや大振りな茶碗ですが、迫力を感じる器です。
 
 この展覧会では、志野、織部の展示にあわせて、『志野と織部の文様意匠』として、描かれた文様で分類して作品が展示してあります。「橋」「車輪」「網干」「千鳥」などの文様がなぜ描かれたのかが提示され、鑑賞するためにとても有意義なものです。

 志野と織部、様々な表情をもっている焼き物であることがわかった価値ある展覧会でした。

| 日本美術 | 07:47 | comments(93) | trackbacks(4) |
高松塚石室の解体作業に思うこと
 ニュースでも報じられていますが、昨日から奈良県明日香村の高松塚古墳の石室解体の作業が開始されました。一昨年、カビの発生などにより壁画の退色・変色が顕著になっていることがわかり、その対応を検討した結果、解体保存が2005年6月に決まりました。
 高松塚古墳の解体について、今日(4月4日)の読売新聞に興味深い記事がありました。この作業について、専門家26人にアンケートを行っています。質問は「解体は成功するか」「賛成か反対か」「壁画劣化の原因は」の3つ。
「解体は成功するか」について、『成功する』と断言したのは、26人中7人だけ。あとは、成功を願う、成功を信じる、五分五分、失敗する、など厳しい見解。
「賛成か反対か」については、賛成は7人、反対は8人、やむを得ないが10人。
また、「壁画劣化の原因は」については、16人が文化庁の責任としています。

 現状では、解体して保存するのが最良の方法だと思います。ただ、この高松塚古墳壁画の劣化について、マスコミは一貫して文化庁の責任を主張してきました。確かに、一連の報道を見る限り、文化庁の対応には、問題があったとは感じます。しかし責任の所在はそれだけではなさそうです。
「壁画劣化の原因は」という質問に、奈良県立橿原考古学研究所所長の樋口さんは「発掘そのものが劣化の原因」と答えています。そうなんですね。劣化の責任は発掘してしまったことなんです。発掘しなければいい、なんて変な理屈だと思うかもしれません、でも発掘後もとの状態にして、二度と開けなければ、劣化問題にさいなまれることはなかったのです。しかし、現実にはそうはいかず、劣化してしまいました。

 発掘当時にも解体保存の意見はありました。しかし、それに強く反対したのは、現地明日香村だといいます。その時点での判断が、最良のものかは、現在の時点での判断は難しいところです。
 ともかくも、この解体作業がうまくいくことを見守りたいと思います。そして、貴重なる文化財が、後生に受け継がれていくことを願うばかりです。
 
| 古代美術 | 22:24 | comments(6) | trackbacks(0) |
常に前衛を描く:「中村宏 図画事件」
 中村宏さんは、70歳を過ぎた現在も精力的に創作活動を続けている画家です。現在東京都現代美術館で開催中の「中村宏|図画事件 1953-2007」は、中村さんの50年以上に渡る活動をみることができる壮観な展覧会です。
 時系列に展示された作品をみていくと、一貫した作風はなく、年代とともに表現形式は様々に変化をみせています。鑑賞者の立場からは、作品そのものは刺激的で面白いのですが、画家の意図を推し量るのが、ちょっと大変。
 美術館のWEBにあるMot The Radioで、中村さん自信が作品について話してくれています。これを聞いていると、少しだけ中村さんの創作の真意がわかりました。中村さん曰く「絵はサービス」だとか。また「邪道かもしれないが、絵を読んで欲しい」ともいっています。これを聞いて。私は「要は鑑賞者が、自分の感じるままに絵を受け取ればいいのだ」と、勝手に解釈しました(笑)。
 中村宏中村作品をみているとダリ、デュシャンなど現代西洋美術の影響も感じます。しかし、中村さんはそれを見事自分の中で消化して、自らの栄養としています。例えば、展覧会のチラシに使われている「円環列車・Bー飛行する蒸気機関車」(1969)は、一見するとダリ的な匂いを感じる、だまし絵技法の作品。しかし、ダリ作品よりずっと分かりやすく、みていて楽しいです。中村さんは「どうみるかを、絵をみる人に丸投げしている」といっていますが、みていると細部にわたりいろんな発見や驚きがあり、まさに「サービス」精神に溢れた作品です。


 この「円環列車・Bー飛行する蒸気機関車」には中村作品によく登場する、重要なイメージが描きこまれています。それは「セーラー服の女学生」と「蒸気機関車」。中村さんの実家が女学校だったせいで、セーラー服恐怖症だったそう。その反動(?)で、作品にしばしばセーラー服女学生が登場します。単なるロリコンでは無かったんですね。安心しました(笑)。
 また、蒸気機関車や飛行機のよく登場します。これは、子どもの頃から好きだった影響のようです。

 最近の作品も、力作が揃います。特に昨年描かれた「図像2 背後」はモノクロ彩色で、セーラー服女学生の後ろ姿を表現した作品ですが、およそ70歳を過ぎた人の作品とは思えない若々しさを感じます。20歳、30歳代の画家の作品のようです。

 中村さんの作品をみて感じたのは、常に新しいスタイルに挑戦して作品を描いていること。その創作姿勢は、ずっと前衛です。とても刺激的な展覧会です。
(今週末、4月1日までの開催です)
| 現代美術 | 22:57 | comments(4) | trackbacks(3) |
瑞巌寺は、荘厳なるミュージアム
 宮城県の名勝・松島にある瑞巌寺(ずいがんじ)は、日本美術ファンにとっては見逃せないところかもしれません。仙台に住むようになって約3年が経ちますが、初めて瑞巌寺を訪れ、その美術品の水準の高さに、正直驚きました。
 瑞巌寺は、天長5年に建立された延福寺を、伊達政宗が瑞巌寺として再興した寺で、本堂、庫裡は国宝に指定されています。

瑞巌寺

 美術の視点では、魅力的な所蔵品がいくつもあります。特に見所は、本堂にある障壁画で、全部で211面が重要文化財に指定されています。この障壁画は、1985年(昭和60年)から12年に渡り、修復作業とそれに並行して復元模写の作業が行われました。現在、本堂には復元模写の障壁画が飾られています。
 障壁画の中で、『室中孔雀の間』の襖絵「松孔雀図」は、金箔地に緑の松と孔雀が艶やかに描かれている秀作。原画の作者は伊達藩お抱え絵師の狩野左京
 また『文王の間』の襖絵「文王呂尚図」は中国・周時代の文王をテーマとした絵。屏風図を思わせる作品で、原画は長谷川等伯の弟子、長谷川等胤(はせがわとういん)作。

 瑞巌寺の庫裡には、高村光雲(高村光太郎の父)作の仏像「聖観世音尊像」があります。白く塗られたちょっと感じが違う、仏像です。

 また、境内には瑞巌寺の約3万点の所蔵品を公開する宝物館・青龍殿があります。ここは常設展示と、特別展が開催されています。さほど広くない館内には、かなり質の高い品々が展示されていて、見ごたえがあります。
 特別展は、年4回行われています。そして年2回、本堂の障壁画の原本が公開されるそうです。(こんどの公開は来月4月)「そうです」と書いたのは、この宝物館のWEBには特別展の情報も、障壁画の公開のことも記載されておらず、館の人にきいて、教えてもらったからです。なんとも、もったいないこと。せめてWEBでは展示情報を公開して欲しいところです。

 ともあれ、仙台から30分あまりで行ける瑞巌寺。そこは、伊達藩の栄華を感じることができる荘厳な美術館といっていいのではないでしょうか。

瑞巌寺WEB
| 日本美術 | 22:29 | comments(0) | trackbacks(0) |
塩竃にある菅野美術館
 一般的に美術館といえば、どんなイメージを抱かれるでしょうか? 東京近辺に住んでいる方なら、常設展には名画が並び、魅力的な企画展も常時開催されている。これが、美術館に対するイメージでしょうか。でも、美術館はそんな大きな規模のものだけではありません。こぢんまりした館もあります。
 宮城の塩竃にある菅野美術館も、そんな小さなミュージアムです。仙台駅から東北本線で20分弱の塩釜駅、ここから歩いて10分くらいで美術館につきます。住宅街の一画にあり、事前にWEBにある地図を用意していかないと、たどり着けないような場所にあります。

菅野美術館

 この美術館は医師である菅野喜與さんのコレクションをベースにして作られた個人美術館で、一年前の3月に開館しています。コレクションは、オーギュスト・ロダンの「カレーの市民、ピエール・ド・ヴィッサンの右手」など近代彫刻が中心のようです。訪問したとき公開されていたのは、9点の彫刻と、1点のリトグラフでした。どの作品も質の高いものです。(コレクションは公式WEBをご覧ください)
 このコレクションをみると、菅野さんの趣味は、近代の彫刻なのでしょうか。館の壁には彫刻家・佐藤忠良さんの「藝術は人世の必要無駄」という銘板がありました。宮城出身の佐藤さんとも交流があるようです。

 また、この美術館は「彫刻のある不思議なアートキューブ」と称していて、建物自体がアートワークであることを謳っています。ただ、館の内部にいると、あまり心地いい感じはしませんでした。構造が鋭角的で、気持ちがやすらぎません。
 WEBによれば
世界と交流するセンターとしての美術館をめざしたいと願っております。

とあり、高邁な思想をもたれていることは、敬服に値します。ただ、こぢんまりした美術館をみた限り、やはり個人のコレクションをみせるために作られたのかな、という印象をぬぐい去ることはできませんでした。これからの活動に期待したいと思います。

 この美術館ではパリの国立ロダン美術館のコレクションを展示する「ロダン美術館からの贈りもの」が3月30日から開催されます。これはぜひ、時間をつくって訪れたいと思います。

| 東北のミュージアム | 21:38 | comments(0) | trackbacks(0) |
平成に甦る「東海道五十三次」
 録画してあった昨週の新日曜美術館の「よみがえる昭和の広重〜東海道五拾三次復刻物語〜」をみて、興味がわき、銀座のポーラミュージアムまで出掛けました。このミュージアムでは『平成版 歌川広重「東海道五十三次」復刻完成記念展』が開催されています。
 有名な歌川広重の「東海道五十三次」を版画家山儀八郎(おくやま・ぎはちろう)が、昭和に復刻させました。その版木55枚が近年見つかりました。しかし、それは一部劣化していて、その版木を儀八郎さんの息子でやはり版画家の版画家の奥山義人(おくやま・ぎじん)さんが監修して現代の職人たちが復刻させました。その「東海道五十三次」が、このミュージアムで展示されている平成版です。

 印象派の画家に多大な影響を与えた浮世絵。それは、絵師、摺師、彫師がそれぞれの仕事を担い、その技を凝らし、版画がつくられる、言わば共同作業です。一般的には北斎、歌麿、写楽といった絵師のみが注目されていますが、その作品は彫師、摺師の技があって初めて素晴らしい作品が生み出されるわけです。
 
 私は浮世絵の技は、現在ではほとんど存在していないと思いこんでいました。でも、そうではないんですね。東京伝統木版画工芸協同組合という組織で、伝統芸の技術は引き継がれているんですね。ただ、この浮世絵の技術も、高齢化、後継者不足に直面しています。
 日本が誇る浮世絵の技量の高さを再認識しました。また、その技の継承がとても心配にもなった展示でした。
(ポーラミュージアムでは14日までの展示です)

| 日本美術 | 22:38 | comments(2) | trackbacks(1) |
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